重要文化財
愛染明王坐像
鎌倉時代 1275年
木造彩色
1躯
像高39.7cm
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運慶の血脈が刻む、
気迫の愛染
この尊像は、鎌倉時代の文永12年に、仏師・康円によって造立されました。康円は運慶の孫にあたり、三十三間堂や東大寺などの造像でも活躍した名匠です。
愛染明王は、愛欲や執着といった煩悩を悟りへと導く密教の尊格で、怒りの表情、獅子冠、額の第3の眼、6本の腕をもつ姿が特徴です。



現在は全体に黒味を帯びていますが、かつては全身が赤色に彩られていたことがしのばれます。
胸や腕には当初の装身具が残され、繊細な技巧が随所に見られます。




また、表情や体の動きは生き生きとしており、腰にまとう衣のひだが柔らかく波うち、全体に華やかな印象を与えています。
台座には、神護寺に隠棲した僧・恭畏が持仏としたという記録も残されており、長い信仰の歴史を今に伝えています。




持仏
身辺に置いたり身につけたりして拝む仏像。
恭畏
江戸時代前期に活躍した真言宗の僧。神護寺の文献においてこの寺の愛染明王坐像の関連事項の記録者として名を残す。1565–1630。
獅子冠

愛染明王
愛染明王(愛染王、Rāga-rāja)は、密教経典『瑜祇経』に説かれる一面六臂の忿怒尊で、赤身・獅子冠をいただき、宝瓶上の蓮華座に坐し、燃え盛る日輪を背にした姿で表される。六臂には五鈷杵・五鈷鈴・弓矢・蓮華などを持ち、「息災」「増益」「敬愛」「調伏」の四種の功徳を象徴する。
人々を諸々の苦しみから救うため十二の大願を発し、とりわけ縁結び・良縁成就・夫婦和合・人間関係の調和といった「敬愛」の功徳で篤く信仰されてきた。
愛欲や煩悩を清浄な菩提心へと転じる「煩悩即菩提」を象徴し、『理趣経』の世界を体現する、密教を代表する尊格である。
東大寺
8世紀前半、聖武天皇によって創建された日本を代表する大寺院。華厳宗大本山。本尊は奈良大仏として知られる盧舎那仏、大仏殿は世界最大級の木造建造物。
三十三間堂
京都市東山区にある蓮華王院本堂の通称。本尊・千手観音坐像と千体千手観音立像で有名な天台宗の寺院。長寛2年(1164)、後白河上皇の命により平清盛が建立。
運慶
生年不詳 – 1224年。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した仏師。興福寺を拠点に活動していた奈良仏師康慶の子。康慶が始めた鎌倉彫刻の新様式を完成させた。
康円
鎌倉時代中期の仏師。運慶を祖とする慶派仏師の一人。運慶の孫にあたる康弁の子とされる。穏やかな表情と精緻な造形で知られ、写実性と精神性を融合した作風を示す。
鎌倉時代
源頼朝が鎌倉に幕府を開いてから1333年(元弘3)北条高時の滅亡に至るまで約150年間の称。
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