神護寺について
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信仰と
自然が響き合う、
高雄の名刹
神護寺は、奈良時代末の天応元年、和気清麻呂によって創建が始まりました。
当初は神願寺と高雄山寺の二寺が設けられましたが、のちに統合され、「神護国祚真言寺」と称されます。


天台宗の祖・最澄による法華経講義の場であり、真言宗の祖・空海によって密教の根本道場として整えられた神護寺は、両宗が交錯する日本仏教史上類例の少ない霊域として知られています。
その後、幾たびもの試練を乗り越えて、法燈は今日に至るまで受け継がれてきました。




日本彫刻史上屈指の名品とされる本尊・薬師如来立像をはじめ、平安から鎌倉時代にかけての仏像・仏画・書跡などの優品が伝承され、日本仏教美術の真髄を今に伝える無二の遺産となっています。




また、紅葉の名所としても名高く、信仰と自然が響きあう聖地として、多くの人々の心をとらえてきました。


高野山真言宗の遺迹本山としての由緒を今に伝える神護寺は、日本仏教を象徴する名刹として、今日なお深い信仰を寄せられています。
高野山真言宗
弘法大師空海によって9世紀に開かれた真言宗の宗派。金剛峯寺(和歌山県)を総本山とする。
法華経
大乗仏教の代表的経典。経典の中心的な教えは、仏性を説き、すべての衆生が成仏できるという普遍救済の思想。
最澄
日本天台宗の開祖。最澄。767〜822。比叡山延暦寺を建立。
天台宗
中国の天台智者大師智顗を高祖とし、『法華経』を根本経典とし伝教大師最澄を宗祖とする宗派。比叡山延暦寺(滋賀県大津市)を総本山とする。
神願寺
平安時代初期、和気清麻呂が建立した氏寺。高雄山寺と合併して神護寺の前身となった。
和気清麻呂
奈良時代の貴族・政治家。称徳天皇の時代に道鏡の皇位簒奪を阻止したことで知られる。平安遷都にも関与し、後世は忠義の象徴として護王神社に祀られた。神護寺境内に墓所がある。また神社は明治19年に境内地から現在の場所に移った。733-799。
真言宗
仏教宗派の一つ。高野山を開いた弘法大師空海を開祖とする。
鎌倉時代
源頼朝が鎌倉に幕府を開いてから1333年(元弘3)北条高時の滅亡に至るまで約150年間の称。
高雄山寺
平安時代前期に和気清麻呂建立した私寺。山岳修行の道場として、また最澄・空海という仏教史上の巨人が研鑽を積んだ聖地。神護寺の前身として合併された。
奈良時代
平城京すなわち奈良に都した時代。元明・元正・聖武・孝謙・淳仁・称徳・光仁の7代七十余年間(710〜784)。美術史では白鳳時代を奈良時代前期、この時代を後期として、天平時代ともいう。奈良朝。
遺迹本山
特定の寺院が宗派の本山としての地位を持つ根拠のひとつ。その寺院が宗祖や高僧のゆかりの地(遺跡)であることを指す呼び方。
弘法大師 空海
平安時代の僧。弘法大師。真言宗の開祖。当時の三筆の一人。(774〜835)

平安時代
桓武天皇の平安遷都(794)から鎌倉幕府の成立(1185)まで約400年の間、政権の中心が平安京(京都)にあった時代。ふつう初・中・後の3期、すなわち律令制再興期・摂関期・院政期(末期は平氏政権期)に分ける。平安朝時代。